海老名駅ペデストリアンデッキより

写真1 海老名駅ペデストリアンデッキより

   海老名市中央公園

写真2 海老名市中央公園

   海老名市中央公園夜景

写真3 海老名市中央公園夜景

亀戸サンストリート、そして北山氏との出逢い

海老名駅前施設「ビナウォーク」*開発を担当することになり、まず最初に感じたことといえば、「こりゃエラい物件だな」というのが本音でした。海老 名駅前の計画地には、ど真ん中に「海老名中央公園」という大きな公園があり、当時はそのまわりに駐車場やゴルフの打ちっぱなしの練習場、若干の店舗がつく られており、それらはある経緯で暫定利用の姿でした。開発の目的は、ここに海老名の顔となる商業施設を開発しようというものです。いざ取りかかるにして も、真ん中にあるこの大きな公園が非常に大きな障害と思われました。どうにもこうにも、この公園が施設を大きく分断してしまうため、商業施設の構成が難し いのです。正直、ここに店舗を開発しても上手く行かないのではないか、「どうにかしなくては」という不安と共に相当の至難の業だと感じていたことを思い出 します。

そんなある日、部下から勧められたことを機に、当時(1999年)話題になっていた「サンスト リート亀戸」*を見に行くことになりました。北山孝雄さんの総合プロデュースによる「広場を取り囲むにぎわい空間の在り方」を目の当たりにし、私が得たの は「これだ!」という直感でした。

こうして、さっそく北山さんにアプローチすることになりました。後日 うかがったことですが、北山さんはオファーを受けた後、半日ほどずっと海老名の現場に立たれていたということでした。「どんな時間帯にどんな人たちが歩い ているのか」、「大体ここに人は集まってくるのだろうか」といったことを、半日ほど念入りに観察されていたのだそうです。北山さんの、極めてアナログな感 覚や、見過ごされがちな物事の根本を真っ先に捉えられていることなど、初対面からまず大変印象的であったことを今でも記憶しています。

そ の後は、トップを含め社内を説得するのにそう多くの時間はかかりませんでした。北中社長(当時)をはじめ、北山さんのような総合プロデューサー的立場の方 が必要であることを皆が認識し、驚いたことに、北山さんと社長はたちまち同じ感覚を共有していました。互いに、まるで旧知の仲のように盛り上がり、社長自 身も北山さんとの対話を通じて、「これは何かできるだろう」という感触をつかんでいた様子でした。

北山さんはその後「公園は街の居間である」というビナウォークの開発コンセプトを具体的に掲げました。それを具体化する段階で「亀戸サンストリート」の設計者である建築家の北山孝二郎さんに設計をお願いすることになりました。

そ れからはもちろん、すったもんだといろんなことがありました。 たとえば、問題となっていたあの中央公園はもちろん公共空間であるため、行政ともいろいろ調整し合わなくてはなりません。 当時、海老名市の亀井市長が積極的に協力してくださったことは見逃せません。市自体が、このプロジェクトを大きな期待をもって受け止めてくれた点に強く後 押しされたのは事実です。“官民連携”とは、正にこのことかと思う動きでした。そして、北山創造研究所の松岡さんから当時よく聞かされていた、「プロ デュースが果たすべき機能とは “志を束ねる”こと」だという言葉。まさにこのビナウォーク開発における様々な場面で、この言葉を実感させられることになるのです。

 

<参考資料>

* サンストリート 亀戸(Sun Street Kameido)
セイコーの本社および時計工場移転に伴う再開発。当初は36階の高層棟を備えた巨大な再開発になるはずだったが、バブル崩壊等情勢の変化から15年の暫定利用が決まり、駅前&幹線道路沿いとしては異例の低層商業施設となった。
設計:北山孝二郎+K計画事務所/総合プロデュース:北山創造研究所 
竣工:1997年11月

* ビナウォーク(ViNA WALK)
「街の居間」をコンセプトにしたショッピングセンター。 駅から徒歩1分の立地で、ペデストリアンデッキを経由して直接ウォークインが可能な「エビナのリビング・ショッピングパーク」である。海老名駅東側、海老 名中央公園を取り囲むように6棟に分けて建てられている。
設計:北山孝二郎+K計画事務所/総合プロデュース:北山創造研究所 
竣工:2002年4月

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